翻訳に難有り
ハイエクによる3分冊 Law, Legislation, and Liberty 第1巻の翻訳. 3冊とも極めて重要な業績であり自由主義にもとづく 法秩序がいかにあるべきかを縦横に論じた力作と言えよう. 我国将来における憲法のあり方を考える上でも必読である.ところが,翻訳は前半は問題ないものの後半は日本語として ほとんど意味をなさない.第2巻の翻訳は,いくぶん 持ち直すものの,やはり相当稚拙で訳者の力量が疑われる. 例えば第2巻105ページには, 「様々な個人が大体において受け取るに値するものを 得ていると信じている場合に限って人々は物質上の地位の大きな 不平等に寛容であろうとか,報酬の差が大体においてメリットの 差に対応していたと考えたからこそ(そしてその限りで)人々は 実際に市場秩序を支持したとか,結果として,自由な社会の維持は ある種の「社会正義」が現になされているという信念を前提に しているといったことが説得的に論じられてきた」 という長文がある.この部分の原文を見ると3段論法になっており, 訳者は並列的に訳しているが,正しくは以下のように訳さなければならない. 「これまで次のようなことが説得力があるものとして語られてきた. 人々は彼らが欲するもの全体が様々な個人に 与えられていると信じられるときにのみ主要な物質的 地位の不平等を受け入れる,そして人々は報酬の差が 個人的な資質の差に,ほぼ応じたものであると思えるなら, その限りにおいて市場秩序を事実上支持する, したがって自由な社会が維持されるにはある種の 「社会的正義」がなされているという人々の信念が前提となるのだ.」 大著の翻訳作業は難事業だったはずで, その努力は敬意に値するが,難文に出会うたび, 読者が原文に当たらなければならないとしたら, せっかくの努力も虚しい.
春秋社
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